梅雨のしずけさ
         〜789女子高生シリーズ

         *YUN様砂幻様のところで連載されておいでの
          789女子高生設定をお借りしました。
 
 


随分と前倒しで訪れた感のあった初夏だったから、
やっと制服が半袖になった衣替えはそりゃあ待ち遠しかったし。
生地が軽くなったスカートも軽快で、
陽射しの眩さに誘われてスキップするには
申し分のない品揃え。
ちょっと憂鬱だった中間テストも終わって、
ホントはいけないことながら、
平八の下宿先なんだからという寄り道、
『八百萬屋』に仲良し三人で立ち寄って、
気の早いソフトクリームなぞ
はしゃぎもって味わったりしていたのだけれど。

 「…う〜ん。」

窓辺に寄せた座卓の上は、
一応片づけてから取り掛かった作業のはずが、
樹脂板の上に精緻な回路が焼き付けられている基板や
爪の先ほどという小さなネジやらで、
今は結構な混沌を見せており。
お菓子の甘さやコスメの華やぎとは程遠き、
やや揮発性のありそうな傾向の、
金属系の焦げ臭い匂いが垂れ込める中。
さらさらした自慢のみかん色の猫っ毛を、
鉢巻きのように巻いたバンダナで
全部頭上へ持ち上げてまとめるという、
ややもするとなりふり構ってないよな風体のまま。
何やら重たげな鋼のお道具、
やわらかそうな手で筆のように握っていたお嬢さんだったが、

 「…あっ、しまったぁ。」

作業の途中で何かしらの手違いに自分で気が付いたらしく、
ひゃあぁというよな素っ頓狂な声を上げつつ、
弾かれたように身を起してのそれから。
だがだが、諦めるしかなかったか、
すとんと小さな肩を落とすと、
握っていたハンダごてのスイッチを切り、
まだ熱いところを注意しもって、
そこが定位置か、古ぼけた陶器の皿の上へ慎重に置いてから、

 「あ〜あ。」

せめてものという鬱憤の吐露か、
溜息混じりな一声を発しつつ、
とさりと後ろざまに引っ繰り返ってしまうお嬢さんだったりし。
今日は土曜で、学校はお休み。
とはいえ、仲のいいお友達二人はそれぞれに用があるらしく。
待ち合わせてどこかで会おうかという予定もないので、
はっきり言って退屈で。

 「……。」

畳の上から見上げた腰高窓からは、
窓辺に伸びたアジサイの手毬のような花の向こう、
明るい目の灰色で塗りつぶされた空が見える。
時折、大きめの緑の葉が躍っており、
朝から降ってた雨はまだ止まぬ模様。
古びて見える古民家家屋だが、
どっしりした作りは伊達じゃあなく。
外の雨脚もそうは伝えてこないほどに重厚で。
とはいえ、空気のかすかな湿り気は
隠し切れないそれとして伝わっていて、
畳のほのかな冷たさが心地いい。
心地はいいけど、やっぱり退屈なのは否めないし、
七郎次や久蔵、金髪娘二人に比べると、
どちらかといや“インドア派”っぽい平八だが、
白百合、紅バラ、ひなげしという
三華の一角を成すだけはあるということか、
これでなかなか、
的確で切れのいい身ごなしもお手の物。
とはいうものの、
一人では町の監視用カメラの点検に…なんてな気分にもなれずで、
(保護者様に聞かれたら、当たり前でしょと渋面を作られそうだが)笑

 「……。」

退屈だよーという心持ち、持て余していたのも数刻のこと。
髪留めに巻いていたバンダナを手際よく外し、
畳の上からひょいと身を起すと。
更紗のフレアスカートのしわをパタパタ叩いて伸ばしつつ、
自分のお部屋からとたとたと飛び出してゆく。
深みのある濃い色の板張りを進めば、
店舗へと通じる戸口に至り、
ランチタイムとおやつ時の狭間、
ちょっと客足が引いているらしいお店の空気が届いてくる。
バイトの子たちだけで回せる頃合い、
それでということか、
厨房へと引っ込んで、
朝仕込んだだけでは足りなくなったスィーツなぞを
追加で作っているのだろう、
大きな背中がすぐさま視野へと飛び込んできて。

 「ご〜ろさんvv」

上がり框の段差も何のその、
つっかけ履きを素早く履いて、そのまま頼もしい背中へ飛びつけば、

 「おおっと。
  ヘイさんか、どうした。」

特に気配を消したつもりはなかったから、
足音でも駆けて来たことは察していただろに、
びっくりしたぞとお道化てくれる。
ある意味、子供扱いのような気がしないでもないけれど、でも、
それへと素直に“嬉しいなvv”というはしゃげる気分になれてしまえるのは、
五郎兵衛の尋の深い人柄の所以というやつだろうか。
作務衣越しでも貝がら骨の動きが伝わる、
大きくて堅い、筋肉質の背中。
わらびもちでも練っていたものか、
手が離せないそのまんま、
平八の小さな身を貼りつかせていてくれて。

 「どうしたね、暇になったか?」

闊達なお嬢さん、特に構っておくれとねだるでなく、
自分で計画立ててはお友達とお出掛けするような行動派ゆえ、
ああこれはそのお相手が捕まらぬのかなという目串もすぐさま立って。

 「もうちょっとしたらお茶にしようかの。」
 「やたっvv」

嬉しい嬉しいと、そこはアメリカ生まれの天真爛漫を発揮して、
くっついたままの背中へやわらかい頬を擦り付けて甘えれば。
無邪気なだけとは判っていても、
そこはそれ、相手は十代半ばの花も恥じらう瑞々しいヲトメの、
しかも、結構豊満なお胸が押し付けられていることへ、

 “いくらなんでも木石ではないのだが…”

さすがに思いもするのだろう。
内心でこっそり、冷や汗をかいていた五郎兵衛殿。
とはいえ、あからさまに突っぱねるのは大人げないしと、

 「ほれ、汗臭いばかりの中年に、
  そのように貼りついているものではないぞ?」

自分から離れること、さりげなく仕向けたつもりだったのだが、
ちゃんと聞こえているのだろうに、
小さな気配はその温みをぐりぐりと押し付けてくるばかりであり。

 「汗臭いなんてとんでもない。」

店舗からの落ち着いたざわめきに紛れそうなほどささやかな声での、
もしょりとしたお返事が届く。

 「ゴロさんはいつだってお陽様の匂いがしますもの。」

今の今だけじゃあなくて、
あの、遠い合戦の日々の中でもそうだった。
生きることをどこかで半分諦めていたような自分へ、
しけたお顔をするじゃあない、
つまらぬ気落ちなんぞ笑い飛ばしてしまえと、
朗らかなお顔で照らしてくれたのが懐かしい。

 「…ヘイさん?」

どうかしたかと案じられ、
ううんとかぶりを振ったお嬢さん。
このようにして再び出会えたは、
平和の中で作らぬ笑顔を思い出しなさいという
人ならぬ誰か様の采配かもしれず、
そんな風に窘めてくれた白百合さんの
水色の瞳が印象的な清かな笑顔を
ついつい思い出した
ひなげしさんだったのでありました。



   〜Fine〜  15.06.13.


 *もちょっとお暢気な小話にするつもりでしたが、
  雨が絡むと物思いが頭をもたげる
  ヘイさんでもあったようです。
  これが久蔵さんだったらば、
  景気づけに島田をどつきに行こうとか(おいおい)
  物憂げな何かとは無縁なんでしょうけれど。

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